聡の睨みに肩を竦める里奈。その仕草に、聡はもう我慢できずに一喝してやろうと口を開けた。
その耳に響く叫び声。
「金本くんは優しさが足りないんだよっ」
優しさ。俺には優しさが足りない。
開けた口を半開きのまま、思わず言葉を飲む。
俺に足りない優しさ。優しさが足りないから、だから美鶴に俺の気持ちは届かない。いつもいつもこちらの気持ちをぶつけるだけだから、だから美鶴にはわかってもらえない。
優しさが足りない。
優しさというものが何なのか、聡は明確な答えが出せていない。だが、足りないのは確からしい。
優しくできる人間にならなければ、美鶴には好きになってもらえない。
「どうせ美鶴に対してだって、こうやって喚き散らしてばっかりいるんでしょっ!」
気持ちのままに喚いてしまってはダメなのか。じゃあ、どうすればいい?
怒りと戸惑いと疑問がゴチャゴチャになった頭で必死に考える。
別に田代に好かれたいワケじゃない。だけど、美鶴と向かい合っている時だけ自分を変えたって、それは小手先だけのくだらない演技にしか過ぎない。こうやって田代と向かい合っている時でも、俺は自分を抑える術を身につけなければいけないってコトなんだろうか?
自分が悪いとは思っていない。悪いの田代だと、根源はこの女なのだと思うのだが―――
やがて聡は、もう喉の奥から出したくてウズウズしている言葉たちを無理矢理に奥底へ押し込んだ。そうして、油断すると苛立ちで沸騰しそうになる頭をぎこちなく下げ、瞳はまだ理解できない混乱に揺らいだまま、ゆっくりと声を出した。
「昨日は、すまなかった」
まるで棒読み。抑揚などありもしない聡の言葉に、里奈はただ目を見張った。
えぇぇぇぇぇぇぇっ!
あまりの驚きに腰が抜けそうになる。ヘナヘナと崩れ落ちそうになる膝になんとか力を込め、どうにかその場に立ち残る。だが、驚きは消えない。
金本くんが私に頭を下げてる。うそっ! 信じられないっ!
驚愕したまま口をあんぐりと開ける相手の表情に、聡はチッと舌を打つ。
ったく、何だよコイツ。こっちが素直に謝ってんだから、何とか言えよ。
再び湧き上がる苛立ちを必死に必死に押し込めようとしていた時だった。
「あら、金本くんではありませんこと?」
視線を向ける先には、唐渓の女子生徒。クリクリと毛先を指で巻き上げ、小首を傾げながら色っぽく笑う。
「こんなところで、偶然ですわね」
たまらんなぁ
今度は心内で舌を打つ聡。転入当時より聡の周囲をウロつく女子生徒の一人だ。瑠駆真の素性が知れて以降も健気に聡を追いかけてくれるコラーユの幹部の一人。
「このようなところで、何をなさってますの?」
見ると、彼女の背後には数人の腰巾着。
うわぁ、面倒くせぇのに見つかった。
聡が露骨に眉をしかめるのに気付いているのかいないのか。はたまた気付かないフリをしているのか。少女は計算しつくしたハニカミを浮かべてゆっくりと近寄る。
「もしお時間があれば、私たちと観劇にでも」
そこで立ち止まり、向かい合う里奈へ視線を向ける。
途端に浮かび上がる敵対心。
何よ、この小娘。
顎を上げ、見るからに見下した態度で腕を組む。
「どちら様?」
問われ、里奈は狼狽える。
ど、どちら様って、えっと、えっと。
混乱し、何も答える事のできない里奈へ向かって、少女はイライラとした様子で髪の毛を捻くる。
「まぁ、質問されているのにまともに返答もできませんの? なんて礼儀知らずな」
「本当ですわ」
取り巻きがすかさず相槌を打つ。
「このようなところで、金本くんと何をなさってますの?」
「え? えっと」
「見たところ、大した用事とも思えませんわね」
いったいどのように見えているのか。白々しくも二人を交互に見比べ、組んでいた腕を解き、今度は右手を腰に当てた。
「どうせくだらない用件なのでしょう? ひょっとして、金本くんに無駄な想いでも伝えていたとか?」
「え?」
「ならば、それこそ時間の無駄ですわ。金本くんにとっても迷惑千万」
ねぇ、と同意を求められても、聡はさらさら応じるつもりはない。
むしろお前の方が迷惑だ。
口に出して言ってやろうかと息を吸うが、少女の方が早かった。
「用件など済んだのでしょう? さっさとお下がりなさい」
「え?」
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